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LGBTは、いつまで「特別」にされてしまうんだろう?

同性愛からかいはセクハラ 国家公務員ルール改定
http://www.asahi.com/articles/ASK1R42KPK1RUTFK00B.html

「ホモっぽい」「おとこおんな」とからかうような言動はセクハラ――。国家公務員の就労ルールを定める人事院は1月から、規則の運用通知を改め、「性的指向と性自認」をからかったり、いじめの対象にしたりする言動をセクハラと明記した。一般職の約28万人に適用され、違反すれば懲戒などの処分対象となる

 専門家によると、例えば「同性が好きなんて気持ち悪い」「おとこおんな」といった発言は、相手が性的少数者かどうかに関わらず、セクハラと認定される。男性職員が、男性同性愛者だと公言している同僚に「俺を襲うなよ」などと言うのも、同性愛者が常に同性を性的な視線で見ているという偏見に基づいた発言でセクハラになる。

複雑な思いになるなあ。

「特別なLGBT」という腫れ物

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これは正直、LGBT当事者とのコミュニケーションに対する束縛なんじゃないかと、僕は思う。それはある種の「LGBT信仰」、ニアイコールとしての「LGBT排除」と同列なんじゃないか。

このニュースの価値はわかる。これは、国家がLGBTを尊重しろということを宣言したという意味で画期的な意味合いを持っていて、LGBT、ひいてはマイノリティが暮らしやすい社会のための大きな一歩なんだろうとは思う。

でも、あえてこのニュースを僕は批判したい。

ぼくにとって、LGBTのひとは「特別な」ひとじゃない。LGBTのひとと、ぼくは、もっともっと気軽に話したいのだ。

いま、LGBTの人たちの「地位」は、ある意味ですごく高くて、特別だ。だから、すごくコミュニケーションを取りづらい存在になっているように思う。いま、LGBTは「違う」から、特権を与えられ、軽率な発言をかけられず、畏怖の対象となっている。

正直、こんなことをされちゃったら、腫れ物を触るような気持ちでしかコミュニケーションがとれなくなっちゃうじゃない。

この規則は、LGBTを特別視し、排斥しうるんじゃないか。

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常識的に考えて、このニュースでいう「規則」は何を意味しているだろう?

例えばAくんが「女好き」で、すぐ女の子と遊びにいくような女の子だったとき。Aくんとの飲み会の席で、女性が「Aくん近くに寄らないでよ〜襲われる〜!笑」というコミュニケーションは「セクハラ」なのか?

あるいは少年のような顔が好きな女性に対して、「いやー、彼女はショタコンだからな〜!笑」という物言いは「セクハラ」なのか?

僕は違うと思うのだ(もちろん、セクハラになる場合もあるけど)。これは確かに彼らをからかっている。けれど、貶めたり、差別したりしているわけではない。そこには単なる、各人の「個性の違い」があるだけだ。そしてその差異を、誰もが相互に、自由に認めている。「からかい」は、その相互承認があって、初めて成立する

逆に言えば、LGBT当事者に対して、「俺を襲うなよ」という物言いを制限するのは、LGBTを「特別な、異常なものだ」と定義することだ。同時にそれは、LGBTを排斥し、承認しないということに等しいんじゃないか?

「規則」は、LGBTでない人に対して差別になる可能性がある。

ある視点でみたとき、この規則は逆に「差別的」である可能性すらあると僕は思っている。この規則では「同性が好きなんて気持ち悪い」という発言を規制しているが、これは僕から言わせてもらえれば、「同性が好きなんて気持ち悪い」と感じる人に対する差別につながる可能性がある。(もちろん、「発言」は規制されるべきだけど。)

「同性が好きなんて気持ち悪い」という「感情」を規制したり、否定したりするのはおかしいのだ。世の中には「セックスするのなんて気持ち悪い」と普通に思っている男性や女性もいるわけで、その感情だって全然おかしくない。

(本当は、マイノリティの中でLGBTだけに焦点をあてるのもなんかオカシイ。浮気しちゃだめだろ!!とか、恋人早く作りなよ!なんてのも、焦点があたってないだけで、実は差別(セクハラ)かもしれない。)

でも、その規則があることによって、「同性が好きなんて気持ち悪い」って思うのはおかしいんだ、恥ずかしいんだと思ってしまうなら、それはLGBTの「私は同性のことが好きだ」という人が、この気持ちはおかしいんだ、恥ずかしいことなんだ、と思わされる社会の構造と同じだ。そうであるならば、この規則は「差別」だ。

とはいえ、LGBTに対して、僕ら自身がまだ、特別な視点で見てしまっているのは間違いない。

とはいえ正直いって、「LGBTへの物言いを制限するな!」と言うのも、それはそれで確かにおかしいと思う。そのあたりは難しい。

先ほどの例でいえば、「Aくん、私のこと襲わないでよね〜」が集団のなかでネタとして機能するのは「Aくん=女好き」、という事項がみんなのなかで共通認識になっているからだ。

一方、LGBT当事者に対して同様のネタがふられるとき、「Bくん=ゲイ」である情報のみで「Bくん、俺のこと襲うなよ」がネタとして機能してしまう現実がある。これは確かにおかしい。本来は「Bくん=ゲイ」に加えて「いやー、Bくんはまじで男好きだからなー」まで共通認識が成立して初めて、Bくんはネタにされるべきだ。

逆に「Bくん=ゲイ」だけでネタになってしまうならば、「Aくん=男」というだけで「Aくん、私のこと襲わないでね」がネタになることになる。でもこれは、僕らの日常社会で起きてはいない(二人きりでお泊まりした場合は別だけど)。

つまり、現時点ではゲイに対する「俺のこと襲うなよ」という物言いは、ゲイそれ自体がまだまだ特別な目で見られているということを示している。この認識構造が「セクハラ」なのだというのであれば、それはそうかもしれない。

(とはいえ、ゲイのなかにもめちゃくちゃ男好きなゲイだっている。そんな彼に対して「俺を襲うなよ」という物言いは、Aさんへの「私を襲うなよ」と同じ構造であって、それを規制するのはちょっと変だとおもう。)

「どうでもよい」LGBTになってほしい。

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何を言いたいかというと、変な言い方に聞こえるかもしれないけど、LGBTの立場がもっともっと下がったらいいな、というか、もっと、LGBTがどうでもよくなってほしいなと思う。良い意味でだ。僕はすごくまじめに思ってる。

だって、特別なことじゃないじゃん、それって。特別じゃないってことに、もっともっともっとみんな気づいたら、LGBTっていう名前すらいらなくなるはずなんだよ。LGBTコミュニティとか、解放運動!みたいなものって、本来は不自然なはずじゃない。だってそれ、「女を性の対象として見ている、自分を男だと認識している男のコミュニティ!!」と同じ意味でしょう?

(もちろんその活動を否定するわけじゃない。もちろん、いまは必要だし、そのためにすごく頑張っている人がたくさんいる。彼らのおかげで、この「LGBTがふつうになる」というムーブメントが進んでいくんだろう。だから、僕は彼らをめちゃめちゃ応援している。そこは勘違いしないでほしい!この話、むずかしい!)

左利きの人に「俺、左利きなんだよね」って言われて「へー。で?」っていうのと同じくらいのレベルで、レズビアンに人に「私、レズなんだよね」って言われて「へー。で?」っていえるような感じに、早くなったらいいなあ…。

 

さっきも取り上げたけど、「LGBTのみに配慮する」ような社会ではあまりにずさんだ。ぼくらなんて、いろいろなのだ。そのうち、「早く結婚しなさいよ」とか「君だって恋愛したいんだろ?」とか「孫の顔がみたいな」がセクハラだとして取り上げられる世の中も近い。(そういう風にはちなみになってほしくない。それとこれとは別だ。)

無性愛者とかポリアモリとかすごいしね。いつまで「名前」を増やし続けるんだろう、と思うけど…。まずはこういう本が出てきて、たくさんあるんだなって、早くみんな気づいたらいいな。

 

こういうライトな形で普及していくのが一番よさそう。「LGBT差別が問題なんです!!!」と声高に叫ばれるより、しっかりと染み入るんじゃないか。

とはいえ、こういうマンガを手にとる人は、そもそもLGBTに対して抵抗意識を持っていないんだろうなあ、とは思うのだけど。

 

あーみんな自由で幸せになったらいいな!では、またね!

 

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投稿者:

森 一貴

山形県出身、東京大学教養学部卒。コンサルティング企業にて勤務後、鯖江市ゆるい移住に参加。現在、考える力を伝えるプロジェクト「CUE」代表。

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