JK課と!勝手に特別対談vol.3 まや×もり「なにもないままにする勇気。」(前編)

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こんばんは。
まやと初めて話した時のこと覚えてる?
俺が「まやはどんなまちが作りたいの?」って聞いたら、まやが「私は共感しあえるまちを作りたい」って言葉を伝えてくれて。それがずっと印象に残ってて、ずっとまやと対談してみたいと思ってたんだよね。
今日はよろしくお願いします。
まや 私も楽しみでした。よろしくお願いします。

「まちづくり」がみえないまちづくりがしたい。

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JK課でも、いろいろ新しいイベントの企画してるっていう話は聞いてるけど。
まやはいま、どんなことがしたいって思ってるの?
まや 週末の普通の日曜日を、市民の人たちが「まちづくりの日」みたいにリメイクしてくれたらなっていうのはすごい思ってて。
それくらい、まちづくりがかしこまったものでもない、ちょっと休日にできるようなもの、っていう感じで市民の人の間で広まってくれたらなって。
そのために何をするのかとかは、全然考えられてないけど。
「まちづくり」がもっと身近な存在になったらいいなってことだよね。
まや そう。
そもそも私たちには、まちづくりはゆるいものっていう認識があるじゃないですか。それは、「まちづくり」っていう言葉が、それまでの「都市計画」っていう言葉に対応して出てきた、っていう文脈を知ってるから。
都市計画は、これまでのハードやインフラを整備するための堅い部分だった。それに対して「まちづくり」はそうじゃない、ソフトだったり、ゆるい部分を担っていたはずなんです。
でも、最近思ってるのは、普通の人から見たら、「まちづくり」っていう言葉もカタいものに違いないんだろうな、っていうことなんです。そこに、私たちと、普通の人とのズレがあるなって。

だから、そのズレをなくして、まちづくりの活動をするとき、「普通の人」も、心から行きたい!って、自分から積極的に思える活動を作るっていうのが、今考えてることです。

JK課でまやが検討している企画。
JK課でまやが検討している企画。
それは、「まちづくり」っていう言葉を使わない方がいいっていうこと?
まや 私たちの側から見たら、したいのは「まちづくり」。でも、普通の人が見たときに、まちづくりって言葉を見たら、面倒だなあって感じると思う。
だから、最初のきっかけは「まちづくり」じゃないほうがいいんじゃないか、って最近思う。
わかる!
最近、同じようなことを考えてた。
普通、何事にも表と裏ってあると思うんだよね。でも、まちづくりって、その裏の部分がそのまま表に出ちゃっているような気がしてて。

例えばさ、普通のビジネスを考えてみてほしいんだけど。
このオレンジジュースを作ったとする。その時、裏側では、「これは30歳代で、子持ちで、健康志向なママさんを対象にした商品にしよう」と考えていたとするじゃん。でも、それって表に出る時には、「無農薬栽培の摘みたてオレンジを使った、果汁100%ジュース!」っていう売られ方をするわけでしょう。
この時って「この商品は30歳代の子持ちの健康志向なママさん向けです!さあ買ってください!」なんて誰も言わない。つまり、普通のビジネスだったら、裏側って表に出てこないのが当たり前のはずなんだよね。

それがなぜかまちづくりになった瞬間、「このイベントではまちづくりをやります!みなさん、まちづくりに興味があるでしょう、さあ来てください!」っていう風になってる気がして。
裏に「まちづくりに参加してもらいたい」っていう思いがあるなら、本当なら、表ではおしゃれな見た目にするとか、まちづくりって言葉を出さないとか、そういう「デザイン」が必要なはずなんだよね。

市が市民に巻き込まれる。

まや いま、「市民協働」なんて言葉がある中で、行政が市民にどうやってまちづくりに参加してもらうかって考えてるじゃないですか。
なんだけど、鯖江市は「市民に参加してもらう」っていう表現より、「市民を巻き込む」って表現をしていて。自分はそれ、すごい気に入っているんです。でも、まちづくりの理想はもっとその先にあると思ってて。それは、「市が市民に巻き込まれる」っていう状態。
巻き込まれる?

まや そう。
JK課に入ってみたら、私が「こういうことやりたいです」って市役所の人に言ったときに、「いいんじゃない?」ってみんなが共感してくれたんです。

今の若い人たちに限らず、現代の人たちは、自分の考えに共感してもらう、認めてもらうっていう、自分の居場所がある状態をすごい必要としてる。
だから、市民の人たちがもっと積極的にまちづくりをするようになって、自分から居場所を作ろうとする。
その結果として、市にこういうことしたいって伝えて、自治体が動く、っていうのが理想なんじゃないかって思ってる。

もともとそういう市民の希望を叶えるために市の職員は働いてくださっているはずなんだけど、今はどうしても自治体が表立ってまちづくりでもなんでもしちゃってる。
だから、自治体が、もっと市民の人たちに「巻き込まれる」ようになったらいいんじゃないかなって。

JK課ミーティング風景
JK課ミーティング風景
なるほど。
でも、それを実現するためには、いまの「市民が市に動かされている」状態から、「市が市民に巻き込まれる」状態を作り出すために、まずは自治体側、あるいは「まちづくりをする僕たち」側が何かしらの動きを起こさないといけないと思う。それについてはどう考えてる?
まや 「まちづくりをする」とか、「してもらう」って感覚で捉えてしまうこと自体が、意識の持ち方を変えてしまうんじゃないかと思う。
っていうのは、いま市民が何気なくやってることがまちづくりだって部分もあるじゃないですか。だから理想としては、「まちづくりをする!」じゃなくて、自分たちが勝手に、楽しんでやってたことが結果としてまちづくりになってたらいいなあと思うんですよね。

だから、自治体と市民って、どっちが上だとかはなくて、自治体が市民に何かしてもらうために行動する、っていうのも違う。自治体と市民って完全にフラットな関係であるべきだと思う。
まちの人も自治体にやってもらってばっかりじゃなくて自分たちで行動をおこさないといけないし、まちが活発になってきたから自治体がいらないかっていわれるとそれも違う。自治体と市民との関係ってすごい複雑。

「何もないままにする勇気」

うーん、なるほど。
自治体と市民っていう二項対立で捉えて、どっちがまちづくりの主体だとか、そういう考え自体が幅を狭めてしまうのかもね。
自治体だからどう、市民がどうって話じゃなくて、誰かが「しかける側にまわる」ことができれば、それでいいというか。そういう意味ではまや自身も、自治体とか市民っていう枠を超えて「しかける側」なんだろうね。
まや うん。今はどうしても、まちづくりって自治体主導になっちゃっていて。
でも、まちづくりを自治体が考えて、自治体がしてってっていう風になると、どこにも市民の入り込むスペースがないと思ってる。

そうじゃなくて、自分らしさを加えていける「余白」がまちづくり自体にあればいいなと思うんです。
でもそれって、しかける側としては、余白がある、何もないっていう状態で世の中に出すっていう「勇気がある」っていうこと。
だからその中に、どんな仕組み、核をつくるかっていうのが、しかける側として、これから私が一番考えていかなきゃいけないところ。

その余白のなかで、市民の人たちが、自分たちでまちづくりしているのを、遠くから見てたら楽しいだろうな、っていう思いがあります。

あーめっちゃわかる。「何もないままにする勇気」!

何もないのって、すごく楽そうに見えて、実は何が起きるかわからないから、すっごく不安なんだよね。
特にまちづくりとかっていう文脈になると、責任もあったりして、どうしても不安になっちゃって、計画を立てて、リスクを想定して、ブレないように道筋を決めてしまう。
そういう意味では、JK課も、ゆるい移住も、一体どんなやつが来るのかわからない、何が起こるのかわからない。
若新さんの「創造的脱力」の中で、JK課では「教えない」関係性が大事、って話があって。
教える、つまり、決めてしまうっていうのは、すごく楽なんだよね。まちづくりってこうするもんなんだよ、こうやってきたんだよ。そう言ってしまうのは簡単なんだけど、それっていとも簡単に人の想像力や創造力を奪って規格化してしまう。
あえて、そうしないこと、つまり「何もないままにしておくこと」を大事にすること。
それをどんと構えて実行する鯖江市っていうのは、とんでもない勇気があるまちだよね。笑

でも、実はJK課もゆるい移住も、テキトーなように見えて、裏のコンセプトとかって結構しっかりしてるよね。
例えばJK課だったら、「まちづくりが専門家の独擅場になっている現状に対して、そうじゃない『一般市民の代表』であるJKが、まちづくりについてゆるく考えられる場を作る」みたいな。

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まや うん。
表面的にはすっごいシンプルな場なんだけど、裏は考えこまれてて、すごいシンプルなのに、なぜか場自体はできあがっちゃってる、っていうのは、場としてすごいいいなと思う。

その場がどういう形になるかは、集まった人によって変わってくる。まちづくりも形ってものはないから、そのくらいがちょうどいいのかなっては思う。

後編はこちら
   

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こんにちは、森一貴です。東京でコンサル経験後に福井県に移住。教育・まちづくりの分野で活動しています。ブログでは、教育・まちづくり・生き方などについて思索を書き溜めています。ご依頼等、お気軽にお声がけ下さい。


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■ブログ:教育・まちづくり・生き方を中心に、ブログを書いてます。
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投稿者:

森 一貴

山形県出身、東京大学教養学部卒。コンサルティング企業にて勤務後、鯖江市ゆるい移住に参加。現在、考える力を伝えるプロジェクト「CUE」代表。