みんな言っていることは同じ。言っている場所はばらばら。

昔から何気なく感じていることなのだけれど、 結局、みんな言っていることはほとんど同じだ、と最近思う。 それをどの視点で考えるかにすぎないのだろうなあと。 いろんな視点で「〜すべき」はやめよう、を見てみる 例えば、僕はロジ … 続きを読む みんな言っていることは同じ。言っている場所はばらばら。

枠組みの受容と批判、その転換に関する疑問

子どもは社会に学ぶ。 これはいいことなんだ、これは悪いことなんだ、 ああいう人になるべきなんだ、あの人には近づいちゃいけないんだ、 こう考えるのが普通なんだ、こう考えるのはおかしいことなんだ。 もちろん、世の中にはいろん … 続きを読む 枠組みの受容と批判、その転換に関する疑問

「適切な教育を受けられない子ども」のために「Youtubeに講義動画をあげる」こと

今の日本では、「学ぶモチベーション」は、教育者側が「醸成できるか、醸成できないか」ではなく、その生徒自身が「持っているか、持っていないか」だとされているような気がします。教師側は、よい授業を提供しさえすればよい。それで伸びないなら、それはその子ども自身の責任であると。

「ゆるい」を構築すること。無意識に押し付けないこと。(ゆるい公務員レポ)

例えば何かを決めるとき、クラスの目標とか、文化祭の出し物とか、日常の行動ですら、
先生が「こういうことしたいなー」とか「あーこの案いけるなー、いいなあ」と思ったら、
その案へ導いて、まるで生徒がやりたくて選んだことのように見せかけるのがすっっっっごくカンタンなんだよね。
そういう風に決定して、
「みんなで案を出し合って決めました」なんて言ったら、それはウソになっちゃう。

子どもから、理解の機会が奪われてしまう瞬間をみた

それはつまり、優しくなってほしいとか、そういう話じゃなくって、
自分の感情、「どうしたんだろう?」とか、「大丈夫かな?」とか、
そういう純粋な気持ちにフタをしないで、
自分でその疑問を解決するための行動ができる人になってほしいなということ。