「契約」のない時代は遠くないかもしれない

自分でロジカルシンキング講座など開いて、 ゼロベース思考だ、何事もゼロベースで向き合えなどと言っておきながら、 最近、ああ、まだ何もゼロベースで考えられていなかったなあ、 という体験を(結構前だけど)したのでメモしておく … 続きを読む 「契約」のない時代は遠くないかもしれない

もっとうろうろしようよっていう話

お久しぶりです。たらたら書きます。   最近思っていることがあって、 それは、インターネットがもっとアナログであったらいいなということ。 ここで言っているアナログっていうのはつまり、 辞書で探した言葉の隣の文字 … 続きを読む もっとうろうろしようよっていう話

JK課と!勝手に特別対談vol.3 まや×もり「なにもないままにする勇気。」(前編)

「余白」がまちづくり自体にあればいいなと思うんです。でもそれは、しかける側としては、余白がある状態で世の中に出す「勇気がある」っていうこと。
その中に、どんな仕組み、核をつくるかっていうのが、しかける側として、これから私が一番考えていかなきゃいけないところだと思ってます。

「音楽はふつう、四拍子だ」と信じていること。

私は社会から、これがあたりまえだと言って
無限の「普通」を、抗うこともできない間にどんどんと手渡されているみたいです。
そして、その普通を、私たちは何も考えないで、生きる前提においてしまう。

誰かが自由に幸せでいられるまちについて

ニューオーリンズに夢見ているのは、きっとそんな景色なんだと思う。
自由に幸せでいればいいよって、誰も邪魔しないよっていう、
「最大幸福を追求する」ような景色、
みんなができるだけ幸福でいられるようであろうよっていう景色。

ハロウィンの渋谷が節操ない!とかっていうひと

「子どもになんの罪があるっていうんでしょうか。子どもたちにゴミを拾わせて」
と思ったのは誰なんだろうなあ。
「ゴミを拾う」ことは子どもにとって罪ほろぼし並にツラいことなんだろうか?
子どもたちはゴミを強制的に「拾わされて」いるんだろうか?
子どもを「かわいそう」に仕立てあげたのは一体だれなんだ?と俺は思う。

東京には何もない、という話

僕たちは東京で、ただ結果を「選んで」「受け取っている」だけなんじゃないかな、と思う、
そう、東京には自由にプロセスを作り出す余地がない。予期しないことが起きる余地がない。
だから東京にはなにもないなあ、と思う。