「音楽はふつう、四拍子だ」と信じていること。

私は社会から、これがあたりまえだと言って
無限の「普通」を、抗うこともできない間にどんどんと手渡されているみたいです。
そして、その普通を、私たちは何も考えないで、生きる前提においてしまう。

東京には何もない、という話

僕たちは東京で、ただ結果を「選んで」「受け取っている」だけなんじゃないかな、と思う、
そう、東京には自由にプロセスを作り出す余地がない。予期しないことが起きる余地がない。
だから東京にはなにもないなあ、と思う。