問題解決をする人々と、問題のない人々

CUEで、問題とは、という話をした。
問題は、目標と現状とのギャップとして生まれるものである、ということ。

問題解決で「高み」へ登る人々

例えば、100点満点のテストで30点しかとれなかったとする。
でも、別に問題がない人にとっては問題ない。
50点で不可になってしまうから、50点はとりたい。そしたら、20点足りないことが問題である。
30点ということは、理解できていない部分がある。それが問題だという人もいれば、
30点をとったから、親に怒られる、それが問題だという人もいる。
これは、同じ現象に対して、目標が異なるから問題が異なってくる例である。

すなわち、目標を設定すると、問題が生まれる。
そしてそれを解決し、更に高い目標を設定し、解決し、
そうして問題解決キッズは日々、少しずつ問題を解決しながら、どんどん先へ進んでいくことができる。
これが現代の「問題解決キッズの成功ルート」である。
 

以前シェアされた画像があって、それによれば

1.00^365=1.00
なのだけど、
1.01^365=37.8
である、と。

毎日0.01でも努力を続けていれば、一年後には信じられないくらいの差がついているよ、という教訓であった。
それが複利で伸びていくかどうかという議論はさておき、
確かにそうだろう。
やればやるほど問題解決が容易になるのは確かだ、というのは個人的な感想である。

そうか、
日常的に問題解決ができるようになると、
ただ毎日を繰り返す人よりも、どんどん「高み」に登っていくのか。

さて。
「高み」、とはなんだろうか?
あるいは、より成長する、より高みへいく、より先へいく、

一体どんな風に先へいくのかといえば、
単純に考えれば、「より困難な問題を解決できるようになる」、ということになるんだろう。
そして問題解決キッズは、社会に根ざす複雑な問題をも解決できる人材として育っていくのだ!

問題のない人々

一方で、果たして、問題がないことは問題なんだろうか?
赤点をとった。別に問題ない。
大怪我をした。別に問題ない。
財布を落とした。別に問題ない。
その状態、つまり問題を一切見つけられない状態というのは、
問題といえるのだろうか?

いや。
別にその人にとって問題ないなら、問題ないでしょう。
全ての人々が、いや、別にこれはこれでいいよ、と思えるのであれば、
世の中に問題は発生しない。
そしたら、そういうアプローチも可能なのではないか?

問題解決する力が必要なのは、
問題を抱えてしまって、困ってしまう人である。
であるならば、問題を抱えないタチの人には問題解決する力はいらない。

言い換えれば、問題を抱えて困っている人には、2つのアプローチがあるよ、とも言える。
一つが、問題を解決する力を伝えるアプローチ。
もう一つが、問題を抱えない力を伝えるアプローチ。
 

どうだろうか?
僕は変なことを言っているんだろうか?

数学で30点をとる。問題ない。
就職ができない。問題ない。
ホームレス生活。問題ない。

問題を抱えない力があれば、もはや困りごとは発生しない。
誰かが「高みだ」と定義した、その方向に進む「必要性がない」のである。
 

世の中には、そういう人たち、がいる。
現状に満足し、
一般的に問題らしきことがおこっても、
別にいいんじゃない?
と言える人々。

ある意味では、問題とは、「べき」論である、のかもしれない。
私たちは、大学にいくべきである。
私は、痩せるべきである。
男は、家族を養うべきである。
社会は、このようであるべきである。
それは換言すれば、
固定観念であり、ある種の規制であり、制約であり、重荷であり、
そしてそこに問題解決の必要性が迫られる。

ゼロベースでとらえた時、解決すべき問題なんて、
確かにそんなに多くはないのかもしれない。

そうであるならば、「問題を持たない人々」のために「問題解決の力をつけさせる」なんて、
なんの意味もないのではないか?

では、僕がやっていることは何なんだろう、と時々疑問にさいなまれることがある。
必要な人に届けばいいのだ、と思うし、
わざわざ無理に「全員に届けなければならない!」という使命感を持つのも、
たぶんばかばかしいことなんだろうと思う。
 

地元のことを思い出す。
地元の中学校を出て、地元の中学校を出て、地元の高校を出て、大学に入るか入らないか、
そしてそのまま就職し、結婚し、子どもを生み、実家を継ぎ、そして死んでいく人々のことを思い出す。

きっと彼らは、問題だと思わなかったのだろう。
大学にいかないことを、東京にいかないことを、実家に入ることを、そういうたぐいの色々な物事を。

果たしてそこにどんな問題があるというのだろうか。
 

あるいは、むしろ問題を問題だと認識してしまう私たちの存在こそ、
解決されるべき問題なのかもしれない。

  
 

なんで結局問題解決の本を宣伝しているんだって話なんだけど、
ちなみに両書とも、端的に言って名著。
特にINDEPENDENT MINDは個人的に「推し」です。

 

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投稿者:

森 一貴

山形県出身、東京大学教養学部卒。コンサルティング企業にて勤務後、鯖江市ゆるい移住に参加。現在、考える力を伝えるプロジェクト「CUE」代表。