おちゃらけ緑の生存戦略

おちゃらけ緑は面倒な存在で、赤のように始め、巻き込み、こだわりを持って貫けるような人間ではないし、青のように知性と冷静さで丁寧に見通しをつけて物事を進めるでもなく、黄色のように明るく協調を築きながら実際に行動し赤の思いを形に落とし込んでいく才能もなければ、桃色のように愛嬌さで場に彩りと笑顔を生み出す天才でもない。

緑は自由に軽やかにいたい。特定のコミュニティに属さず、縛られるのが嫌いで、面倒事は濁し、自発的な行動は苦手で、協調性がなく、言動に責任を持たず、飄々といたりいなかったり、やりたいことはやり、したくないことからは逃げ、丁寧な暮らしをカッコイイと思いながら、料理は面倒だから今日もツナマヨのおにぎり、あんまり人から信頼もされず、責任も負わず、いてもいなくても気づかれず、尊重もされず、まあ、そんな風に生きていたいだけなのだ。悠々自適に、まるで野に咲く花のように。

でもそんな緑でも、想いを抱えていないわけじゃない。

赤が理想を誰にでもいくらでも熱を持って語るのを、青が論理的に着実にゴールとアプローチを定義し人を采配しゴール達成に向けたステップを積み重ねていくのを、黄が息を吸うように行動し、モノを創り形を生み出していくのを、桃が誰からも声をかけられ、必要とされ、間を繋ぎ状況を好転させるのを、別に羨ましく思っていないわけじゃない。とはいえできないことはできないし、やりたくないことはやらないほうがいいのだ、たぶん、

でもそんな緑にだって、やりたいことはある。
そんなおちゃらけ緑の生存戦略。

 

緑は何ができるか?緑は何もしたくないし、面倒くさがりで、飽き性で、生活は自堕落で、責任感もなければ、信頼もないし、意思を持ってやり抜こうとすることはできないけど、まあお酒が好きで、友人と話をしているのはそれなりに好きで、何も悩みなんてなさそうに見えて、輪っかから三歩離れて、何が起こっているのか(時々)見ているし、

もっとみんながみんな(なにより緑自身が)自由に、幸せで、楽しくいられる社会になったらいいのになと思っている。

その間でいつも葛藤している。「僕は面倒なことなんて一切したくないし、頑張って何かするなんてオカシイ、自由気ままに生きていこうよ、ああ今日もいい日だなあ」と思っているけれど、「なんでこんなに生きづらいのかなあ、もっとみんな楽しそうにしたらいいのに。もっとゆるくて優しくて適当な社会になったらいいのになあ」ということを本気で思っていて、

「そのために自分がなにかしなくてはいけないんのではないか、そのために一体僕はどうすればいいのだろう、何ができるのだろう、社会はどうなっていくんだろう、いやでも、僕は緑、面倒事は嫌いで、人と接するのが面倒で、何かをやり遂げるなんてことは恐ろしくてそう発言することでさえとっても嫌な、

小さな小さなおちゃらけ緑。」

 

別にいつか社会に刻まれた役割認識に縛られているつもりはなくて、緑はただ自分が人間であることに素直でありたいと思っているだけ、そんな風来坊なのに、一丁前に人に認められたい自尊心なんてものがあるせいか、いつぞやの赤の言葉に、年甲斐もなくアテられてしまったせいか、「僕がこのまちの未来を描いていく」なんて。アテもないのに。いまさら。

別にそれはそれでそれなりに、結局どうせ誰もかれも死ぬのだから、価値なんて生み出したところで大したことはないのだから、意図を持って生まれてきたわけでもなし、適当にすべきことをこなし、友人と笑い、適当に賃金をもらい、家族とコミュニティをうまくつくって、連綿と続くすごろくの通り、バトンをわたすだけ渡して、ああいい人生だったと笑って、気軽にしめやかに人生をたたんでしまえばいいものを。

別に自己中心的でわがままなまま、社会なんて大層なものに向き合えるような大層な人間になろうとも思ってはいないのに、なんて面倒なやる気を抱えてしまったのか、誰のための課題意識か、逃げたい想いと、そうではない何か(熱量ややる気や想い、という言葉は嫌い)とが相反してぶつかりあって、昇華するどころかどちらも敢えなく潰えてしまうこと数十回、世の人間が憧れる噂の「古民家ライフ」とやらで、今日もぼわぼわした想いを抱えながら布団に潜って、たまに眠れないことがあったりなかったり、外より冷えた冬の部屋の中で凍えて足をすりあわせている。

 

そんな緑はどうしたらいいんだろう?たぶんそれはきっと、日常の曖昧な合間が答えそのものなのだろうと思う。例えば、緑はよく飲み会をしている、とか。なんでかわかんないけど、よく声をかけてくれる、とか。赤や青ではそうはいかない、緑だけが宴会部長なのだ。そんなふうに自由気ままに、誘い、踊り、食べ、飲み、歌い、絡み、調子に乗って、いい加減に笑っていればいいのだろう。もっともっと葛藤なんてやめて、楽しく、にやにや、わくわく。

そしてやる気や意思や熱意はやめよう、やめよう。そんなものは赤に任せておけばいい。計画や数値は青に任せておけばいい。そういう風にできていて、みんな思ったよりも、きっとやりたいことをやりたい場所でやりたいようにやっているのだろう。

誰よりも人間みたいな面倒くささと葛藤にまみれて、面倒で責任感も協調性もなく、遅刻するし誇張するし金遣いも下手だし生活も自堕落だし、嘘を付くのが下手で、iPhoneの画面は割れていて、低気圧の日は頭が痛くて、駐車違反と速度違反の反則金がいたくて、身だしなみを整えるのは合コンと結婚式、LINEもまめに返せず、すぐ風邪をひいて鼻水をたらし、すぐ人からお金を借りて返すのを忘れ、せっかくの一眼レフはブレブレ、飲み会の誘いは断れず、週に一度は二日酔い、鼻歌を歌って空を見上げて、それでも、

緑は緑にしかできないことがきっとある、
そんないい加減で夢見がちな、
おちゃらけ緑の生存戦略。

 

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投稿者:

森 一貴

山形県出身、東京大学教養学部卒。コンサルティング企業にて勤務後、鯖江市ゆるい移住に参加。現在、考える力を伝えるプロジェクト「CUE」代表。