「空いている」からやるビジネス

「重要な真実」にいたるのに必要なのは、「あれ?」と思うことと、それに向き合うことだと思っています。でも、その後者は、現代ではどうやら軽んじられているように私には思えます。

勝手に特別対談vol.1 森一貴×天谷晴樹「鯖江と愛と。」(後編)

ゆるい移住を始めてから、いろんな人から愛を受け取っている気がするな。いろんな人が、移住部屋に野菜を持ってきてくれたり、こんなおもしろいイベントがあるよって教えてくれたり。
そしてそれって「こうしたらお互い経済的にwin-winじゃん!」を超えた愛なんだって思う。

勝手に特別対談vol.1 森一貴×天谷晴樹「鯖江と愛と。」(前編)

これまでの生活って、社長やってます、遠距離で仕事してます、っていう、肩書で話している感じが、気が張っていて辛かった。
でも、ゆるい移住では自然体でいられる。この状態だと変なことって言いやすいし、変なこと言い出す人がたくさんいた方が、絶対おもしろくなると思うんだよね。笑

東大でまちづくりを学んだけれど「まちづくり」が嫌いな私の思う「まちづくりの違和感」

まちづくりの施策、そのどこにも、
「まちのひと」のためになるような施策はないように僕には見える。
そんな「まちづくり」はきらいだ、と僕は思った。

旅行の目的地は、「場所」 から「人」へ

工場見学を企画して、専用の担当者つけて、マニュアル通りに「ここが製造室です〜」なんて説明されても、
それは違うと思うんです。僕は、「見た目」の製造現場をみたいわけじゃない。
僕はただ、例えば職人なら職人その人の、その人を主語にした「私はここで、こういう思いで」という話が聞きたい。

誰かが自由に幸せでいられるまちについて

ニューオーリンズに夢見ているのは、きっとそんな景色なんだと思う。
自由に幸せでいればいいよって、誰も邪魔しないよっていう、
「最大幸福を追求する」ような景色、
みんなができるだけ幸福でいられるようであろうよっていう景色。

やりたいことなんかないけど、しあわせでいたい人の話

でも、僕には別に「やりたいこと」なんてないのだ。将来どうなりたいか?っていわれても、将来どうとか、知らないわ、と思う。でもとりあえず、いまも、みらいもずっとただ「しあわせ」でいたいなあ、と、そう思います。そんな僕にとってのしあわせって、「いま、こうでいたい」が満足しているかどうか、なんじゃないでしょうか?

ハロウィンの渋谷が節操ない!とかっていうひと

「子どもになんの罪があるっていうんでしょうか。子どもたちにゴミを拾わせて」
と思ったのは誰なんだろうなあ。
「ゴミを拾う」ことは子どもにとって罪ほろぼし並にツラいことなんだろうか?
子どもたちはゴミを強制的に「拾わされて」いるんだろうか?
子どもを「かわいそう」に仕立てあげたのは一体だれなんだ?と俺は思う。

東大生は臆病なひとのあつまりって話

そしてまだ何か良い選択肢があるんじゃないか、何にでもなれるはずだ、と言いながら、
どれも選ばなかった結果、東大に入り、教養学部に入り、コンサルになって、
果たして、
「なんにもなれなかった」。